2021年9月9日 更新
GTNメンバーディケイド 初降臨!!

GTNメンバーディケイド 初降臨!!

15周年記念イベントを前に、GTNの歴史・未来を語っていただきました! Part1ではGTNを語る上で欠かせない『創業期』から『拡大期』まで語りつくしてもらいます!

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皆さんは15年前、何をしていたか覚えていますか?
GTNは15年前の7月に後藤社長により誕生しました~🎉
…って、皆さんご存知ですね(笑)

では!どれくらいGTNの歴史を知っていますか?
もちろん「入社以前のことは知らない」という方も多いのではないでしょうか?

そこで今回はGTNメンバーディケイドに創業時から未来まで語ってもらいたいと思います!
記事を書いている私が言うのも何ですが…面白い&驚きの連続ですよ😂

GTNメンバーディケイドって??

仮面ライダーディケイド
平成屈指の名作である【仮面ライダーディケイド】をオマージュして、GTNメンバーディケイドが誕生!!

GTNメンバーディケイドのご紹介

代表取締役 後藤社長
取締役 董 暁亮
執行役員本部長 鈴木 厚史
執行役員部長 廣江 晋吾
社長室 室長 村上 あすか

後藤社長

GTNメンバーディケイドのディケイドは「10年選手」を指す言葉。今回はGTNの歴史をみんなで振り返りたい思います。
なかなかこのメンバーで話す機会が今までなかったので、いい機会だと思います。15年を振り返りつつ、未来に向けて話していきましょう。
なんとも錚々たるメンバーですね…どんなトークになるのかお楽しみに!!

Part1ではGTNを語る上で欠かせない『創業期』から『拡大期』まで語りつくしてもらいます!
それでは、どうぞ~👇

clip episode 40

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【創業期】2006年7月~東日本大震災前

ー創業、保証サービス、仲介サービス

後藤:創業となってくると、まだ私しかいないと思うんだけどw 2006年の7月26日に登記が終わって9月3日に長女が生まれて、翌日の4日にGTN営業開始しました。出産が8月下旬が予定日だったので、「社長が初日にいないかも!?」なんてことになりましたが、ギリギリ生まれてくれたのでよかったです。

小中:お子さん、プレッシャーでしたねw

後藤:そこから9月4日、中国のスタッフを一人採用してスタートしました。9月~11月と実際に営業してみて、なかなかお申し込みはとれず…一件目は「エイブルの志木南口店」に使っていただき、すごく嬉しかったのを覚えています。
そこから外国人も少しずつ採用していったんですが、保証サービスは始めたばかりで実績もないので営業をしてもなかなか使っていただけませんでした。そんな中で、小さな不動産会社の方が使ってくださることもあったんですが、「でも、そもそも外国人のお客さん来ないよ?」と言われて。
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後藤:それで私は「外国人のお客さん連れてきます!」ということで、宅建を持っている人を入れて、ライセンスを取って不動産業をスタートさせたというのが、賃貸仲介の始まりなんです。なので、空室を埋めるお手伝いやお客さんを連れてきて、仲介しながら保証を使っていただけるよう一つ一つ進めていました。
当時は、外国人を入れてくれる方は今に比べて少なく、「(外国人が入居すると)物件の価値が下がる」、「まだうちは外国人を入れるほど落ちぶれていない」と言われたときには本当にショックでした。今は実績もあって受け入れていただいていますけどね。営業に行くときは、営業といわず啓蒙活動と言っていましたw

董さんやあすかさんが入社するまでは、一人一人保証サービスを広げていて、ほんと産みの苦しみでしたね。

初めて借りた池袋事務所のビルは、いわゆる雑居ビルで、私は全然気にならなかったですが社員たちは恥ずかしかったそうです。
それから4年ほど経って、保証が広がって仲介も実績が増えてきて、池袋の西口に移動するタイミングで董さんが入社しましたね。
あすかさん、当時あの事務所にいました?恥ずかしかった?

あすか:いや…だいぶ「こじんまりしているな」という印象はありました。外から入った瞬間、目の前が執務室で、今のようなお客様をご案内するスペースがごく一部でしたね。

後藤:次の池袋事務所に移動して、董さんと面接したのすごく覚えてますね。その前に新大久保の事務所も20坪の事務所でオープンして、あすかさんの前職も同じビルにありましたねw

ー新大久保支店の開設、震災時

後藤:そのあと、資金も調達してこれから!というときに東日本大震災がありましたね。廣江さんがちょうどそれくらいに入社しましたか?

廣江:そうですね、入社して2ヶ月後でしたね。ちょうどその日は休みの日で、某娯楽施設で遊んでいる時にちょうど地震がきて、西新宿の高層ビルがグラグラ揺れていて衝撃でしたね。帰りは電車が全部止まって、車は渋滞、みんな道路を歩いていたのを覚えていますね。
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後藤:あすかさんは?

あすか:新大久保にいて、慌てて社長に電話しました。私以外すべてのスタッフが外国人だったので、地震に対する訓練もしたことのないメンバーが多くて、急いでみんな机の下にもぐらせました。

廣江:あのビルは縦長だったから、結構揺れたって当時のスタッフから聞きました。横のビルとも近かったり、もうパニック状態だったみたいですね。

後藤:地震の時に外国人スタッフはみんなビルから出て外に逃げていくんですよね。ただ日本人はビルの中にいて机の下に隠れるんですよね。日本は建物が壊れないという前提なんですよね。国によっては建物が壊れるから、「とにかく外に出なさい」と教えられている人もいるみたいでね。あとは必死にスタッフが避難場所を探していましたね。とにかく、食べ物飲み物をできるだけ集めて、歩いて帰れる人は歩いてましたね。

廣江:深夜まで車でスタッフを送っているメンバーもいましたね。

小中:その当時は社員は何人くらいでしたか?

あすか:池袋と新大久保合わせて30人くらいでしたね。

後藤:その後、お客が国に帰ってしまったのもあって、国に帰りたいというスタッフもいましたね。今回のコロナってどちらかというと「ステイジャパン」なんですけど、でも震災の時って逆に「日本から逃げろ」脱出だったんですよ。ただ、GTNの社員は基本はみんな残ってくれましたね。

董:そうですね。お客様の代わりに安否確認したり、親御さんと連絡したりしていましたね

後藤:そうだ。あの日の夜は、みんな親からも「うちの息子娘がどうなってるか」って連絡がきましたね。ほんとに100回に1回くらいしか繋がらなかったんですけど、何回も何回も電話かけましたね。それで、安否確認が全件終わったのが12時過ぎていて。安否確認は私が指示したのではなく、社員が自発的にやってくれたんでよね。あの時は生活サポートの対応は凄かったです。まだ当時は「生活サポート部」というのはなかったんですけどね。

:そうですね。債権管理部や審査部が主でした。

後藤:まだ部署はなくて、案件が来たら対応するみたいな体制でしたね。

ー生活サポート部の立ち上げ

後藤:そこから董さんが生活サポート部の立ち上げに入ったんですよね。董さんに池袋から新大久保に行ってもらって、廣江さんが債権管理部の責任者になってもらって。董さんに生活サポート部の立ち上げをお願いしたっていう。生活サポート部の立ち上げはどうでしたか?

董:4人からスタートして今40人近くなっているんですけど、人数10倍になって規模も対応言語も一気に増えました。当時、覚えてるのは1日3-5件だったのが今は1日だいたい200件。もう勢いよく伸びています。保証が順調に伸びていく中で、生活サポート部の対応依頼も相当増えてきましたね。
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後藤:生活サポート部の初期のメンバーはウォンさん?

董:そうですね、ウォンさんは初期メンバーですね。

後藤:大変なことってなんですか?

董:少人数だったので、生活サポートしながら仲介も兼任でやっていたり、債権やりながら生活サポートやっていたので、一人に対して求めるスキルがいくつかあって、「言語はあくまでもツール」であってそれをどう活用するのか、メンバーとの話し合いが必要でした。

後藤:GTNあるあるだよね。マルチリンガルなメンバーが多い。

【改革期】東日本大震災後~2013年

ーGTN HEART作成

後藤:東日本大震災後がいろんな意味で変革をしなきゃいけない時期で、実はGTNの後にも先にもないと願っていますが、「人を減らすこと」をやったんですよ。その当時、いろんな意見や経営陣の意見がありまして、やらざるを得なかった状況もありました。その中で会社の不安もあったでしょうから、今一度みんなに社員に対する”誓い”として作ったのが、『GTN HEART』です。
『GTN HEART』は、「我々は環境の提供・機会の提供というものにコミットする」といった文面からスタートしています。世の中で言うとクレドですね。我々の経営陣の想いや社員にこうあってほしいということが書いてあるんですね。実は、『GTN HEART』は半日くらいで書いてるんですよ。
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小中:社長が全部書かれたんですか?

後藤:そうそう。もうその時に思ったことを一気に書いたんです。私、どちらかというと決めたことを一気にやるタイプなので。あれが今でもベースになっているのかなと思いますね。社員としては、いきなり『GTN HEART』とか言い出して、「なんじゃこりゃっ!?」て感じだったかもしれないですね。そんな感じでとらえられてた印象だったんですけど…。

あすか:口ではお話しされてましたけど、あそこまで完璧にまとまっているものがなかったので…実際に文字化されて、あの形で出来上がったときには、「おぉ~!」というのはやっぱりありました。

董:企業理念から始まっていて、社長の頭で考えていることが凝縮されていたので、みんな財布に入れて持っていましたね。日々の行動指針や、何か迷ったときにはそれ見て思い出したりしていました。僕は当時それをずっとやっていました。

後藤:『GTN HEART』をベースに人事評価とかもやってるんですよね。鈴木さんが入社した時にはありました?

鈴木:そうですね、私が入社した後ですね。ちょうど2013年に入社しておりまして、サブディケードなんですw
みなさん知らない方もいると思いますが、保証営業で入社してまして、このなかでは唯一営業を経験しています。東日本大震災の話は皆さんから聞く立場だったのですが、他の保証会社だと外国人の方が入居していた部屋を、その方がいらっしゃらなくなった後に、「連絡がつかないので空けていいのか」「帰ってくるかもしれないから契約はしておかないといけない」という状態だったそうです。
ただGTNの場合には、本人に連絡がつくし、もしくは現地の親御さんとも連絡がつくし、「もう国に帰ってきているからその部屋は空けていいですよ」っていう話もできるということで、GTNの信頼につながったていうお話もあった。と僕が入社した後にお話を伺いましたね。

後藤:営業だったんですよね。2月1日、鈴木さんの入社はすごく覚えてる。

小中:何ですか?なにかエピソードがあるんですか?聞いちゃいけないエピソード?!

鈴木:面接の後、昔は社長と飲みに行ってたんですよw

あすか:もう、面接ではないw飲みにケーション!という風習w

後藤:昔は面接は全部私が入っていたし、最終面接は飲みにケーションでやってたんですよ、今はやっていないですが。最近はあすかさんに任せているので。ある日気づいたんですよ。あすかさんは、私が通した人をあすかさんが落とすことはあっても、あすかさんが通した人を私が落とすことはないんですよ。あすかさんの方が目利きができている!と思ったので、もう私はやる必要ないと思って任せてるんです。
『GTN HEART』で心が意思統一を図りたかったっていうのと、GTNがこういう人を求めてるし、逆に言うと我々もコミットしますというクレドみたいなのを作ったという、心を一つにしたかったんですよね。

ー大阪支店の開設

後藤:大阪支店は石川さんですね。池袋に桜カフェというコーヒー屋があるんですけど、そこに急に呼び出して、石川さんに「大阪に行ってくれ」というのをお願いして…私に電話かかってきたので、電話して席に戻ってきたら、「わかりました!」と言ってくれたのが石川さんなんです。それで行ってもらって、石川さんだから、淡々と粛々と、大阪はあそこまでやれてるのかなと思います。石川さんにはすごく感謝していますね。

ーおもしろエピソード

後藤:廣江さんがGTN入社した時に『動物園』とか言ってましたよねw

廣江:そうそうそう・・・

後藤:外国人と一緒に仕事をしたこともないし、外国人の友達もいないし、うちの会社外国人だからってわけじゃなく言語がバラバラだったんですよね。
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廣江:今でも鮮明に覚えてるのは、董さんが私の横で仕事してて電話で「ワシントン、ワシントン」言ってたんですね。で、俺それなんでこの人アメリカのワシントンって言ってんだって思って。

後藤:昔流行ってましたよね、「ワシントン、ワシントン」w

廣江:「私は董です」が「ワシントンワシントン」ってw社内で飛び交う言語が日本語じゃないんですよね、みんな違う言語で。

あすか:カルチャーショックですよね。

廣江:何言っているのかわかんないし、何考えてるかわかんないし、何やってるのかもわからないしwもちろん、日本語で話しかければ日本語で話してくれるんですけど。でも、当時は公用語っていう概念ができる前だったので、とにかく衝撃でしたね。どっから手つけようかな…みたいな。
茶谷先輩!茶谷先輩は日本人なんですよ、もちろんみんな知ってると思うけどwただ、茶谷先輩は中国語と英語さらに韓国語も話せて!横でそれペラペラ言ってるから、「なんだよぉ」と思ってねw

【拡大期①】2013年~2015年

ー人材紹介事業開始

後藤:人材事業の立ち上げは、あすかさんですね!

あすか:もう一回人材の仕事をするとは思わなかったです!不動産の保証とか賃貸の会社に来たつもりだったので、社長から「人材やりたいんだけど」って言われたとき、「また。。」って、ちょっと思った。「ええ!ここでー!?」と思いましたが、「はい。」って言って…そんな感じのスタートでしたね。
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小中:私が入社したとき、あすかさん人材部にいらっしゃって、一緒に人材のお仕事していました。

あすか:そうですよねー。

社長:そうか、みよこさんも人材スタートか。

小中:気づいたら、あすかさん社長室行っちゃって。あ~~みたいな。

あすか:懐かしいw気づいたら、みよこさんも社長室きたじゃんw

小中:あ、気が付いたら私も社長室でした!

一同:あはははw

後藤:今でも人材は大変だな~と思いますね。今でこそGTNの人材事業っていうのは、俗に言う人材事業みたいなのはやる方向ではなく、どちらかというと、人材会社の方々と提携してソリューションを提供する側に今変えてきているので、そういう意味では、人材って言うのは生半可に簡単にできる事業じゃなかったんだなって思いつつ、面白みのある影響のある事業だと思っています。
何で人材事業を始めたかというと、いい部屋を紹介するって言うのは、来日した人に対するソリューションになるんですけど、人材って来日する目的になるんですよね。だからそういう意味ではコンテンツ力として魅力を感じましたね。「いい仕事あるよ」「給料これくらいもらえるよ」ってなったら「日本に行きます!」ってなるじゃないですか。「俺、いい物件仕入れたから日本に来ない?」って言っても、なかなかそこまではいかないですよね。この差が一つの吸引力になって、またそこから部屋探しやその他ニーズが生まれるんじゃないかなって思っていました。今は、その目的としては変わってきていますよね。

ーGTN MOBILE開始

後藤:GTN MOBILEといったらもう鈴木さんですよね。元はGTN営業だったんですよね。

鈴木:そうですね。それまでは保証営業をやってたんですけれども、GTN MOBILEの立ち上げということで私が入らせて頂きました。ただ実はモバイルに関しては折り畳みケータイからスマホに変えるのも遅かったような、あまり詳しくはない分野ではあったんですけれども、やるからには勉強させていただきながら取り組んできました。また、格安ケータイの原価計算、SIMに関しても大手企業様の対応になる中で、いろいろと教えていただきながらスタートしてというところで…本当に勉強勉強の中でスタートしました。最初は格安ケータイって剥離な商売でもありましたので、社長からスタートは一人で頑張れとお話をいただきましたw
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あすか:これもあるあるですねw

後藤:人件費かけれないし、システム費もかけれないからもう、とにかく、私と鈴木さんしかいないんですよ。

鈴木:ずっと社長を引っ張り出すわけにもいかないし、一人で頑張っていかなきゃということで頑張っていって。やはりどうしても多言語対応などは、サポート部のメンバーや董さんやウォンさんなど皆さんに支えていただきながら、契約の部分手伝っていただきました。

後藤:1年経って700回線でしたかね。全然契約が少ないんですよ。700回線に何百円とかしか利益もないので。システム投資も何千万円ってかけて、トータルですごい支出がかかってたので、人は最低限ということで。鈴木さん一番たぶんGTNの歴史の中で、一番過酷な事業立ち上げをやっていたかもしれませんね。

小中:モバイルで利益を上げるためには、相当な件数が必要ってことですか?

後藤:もう、契約数が万にならないと話にならないっていう世界だったので、700ではダメだと。それで、2015年の8月か9月くらいに安副社長と出会ったんですね。安副社長はauの代理店もやられていて、1ヵ月に2000台くらいiPhoneを売ったことがあるっていう、今でもレコード記録を持っていると新大久保で有名だったんですよ。実は安副社長の会社の上の階がGTNだったんですよ。その時は安副社長は知らないんですよ、私のこと。でも、私は知ってるんですwその後に共通の知人から紹介を受けて、食事しながら「実はMVNOを始めて、こういうことやってんですよ~」って話していたら、すごい意気投合しちゃって。その時まだ事務所が上だって言ってないんですけどねw翌日か別の日に言いましたwそこで意気投合して、安副社長が合流して、今の部長である松本部長も香港大学から来て…「頭のよさそうな男やな」って思っていたんですけど。
もう、ほんとに瀕死のGTNモバイルを何とか成功させるために頑張っていましたね。安副社長と二人でカニバルより、むしろ「GTNで一緒にナンバーワン目指しませんか」と話して、立ち上げたのが『GTN MOBILE』という合弁会だったんですよね。GTNと切り分けて、『GTN MOBILE』という別会社を作ったんです。それが2015年12月。実際にスタートしたのは2016年1月。その後はどうでした?

鈴木:そうですね、5年以上前になるので、今だから言いますけど。当時は帰れなくてですね…数人のチームでやっているなかで数がどんどん増えてきて、終電も乗れなくて…という日々を過ごしていたなぁ~というのがいい思い出でもあるんですけども。今は、僕の立場でそんなこと絶対させないですけどねw当時は、そんな時期もありました。やはり、当時2013年には1ヵ月の売り上げが15万円とかっていう時期もあって、「自分の給料分は稼がなきゃ」と感じながらやっていた時期でした。今でこそ1ヶ月の売り上げが5000万6000万7000万とか伸びてきている中で、ほんとに皆さんと一緒に作り上げてきたなということを感じていますね。

小中:鈴木さんの苦労あっての『GTN MOBILE』なんですね。

後藤:ほんとにね、最初に「鈴木さん、まず3000人目指そう、3000人いければ1万人いける、まずは3000人目指そう!」とか言ってたけど、たぶん1万人っていうイメージできてなかったね?

鈴木:そうですねえ…「社長に言われちゃったなぁ」ていう感じではあったんですけどwただ、それが予定になってみるとその数をクリアして行くって言うのが続いていたので、どんどん伸びていく楽しさを感じながらやっていましたね。

後藤:今はGTNモバイルもGTNの中に戻して、安副社長自身がGTNの役員に入っていただいて、今のGTNの形があるということですね。

ー総選挙エピソード

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後藤:あとGTN総選挙!GTN総選挙って、もうできて何回やったんだろう。その総選挙で董さんがずーっと1位!MVPを決める会社のイベントで2年連続で董さんが1位、3年目に鈴木さんが1位でしたね。あの時に董さんに勝ったのは、後にも先にも鈴木さんだけですよ。

鈴木:2015年当時は一緒に働いていたメンバーがいなかったので、なかなか票をもらうのは難しいのかなと思っていたんですよね。5位4位くらいの発表の時に自分の名前が呼ばれなかった段階で、「あ、もう票がなかったんだな~」と思っていたんですけど、2位が董さんで…「そのあと誰かいるのかな?」と思っていたら、1位の発表で自分の名前が呼ばれたのでものすっごいびっくりしましたね。みなさんに支えてもらう立場でもあったので。

後藤:泣いてましたよね~!

鈴木:はい、本当に涙でしたね。人生で一番うれしかった時だったと思います。

後藤:だって部下いなかったですからね。さらに私が鈴木さんに票を入れてないんですからwもう笑い話なんですけど、鈴木さんに入れてないんですよ、私は近い人に入れないんですよねw私は入れていないけど、他の部署の人が票を入れたわけだから、そっちの方が私はGTNの社員の投票する感覚に対してすごくうれしかったですね。組織票ゼロですからw

小中:組織票ゼロで、周りからの集まった票で優勝したということですね。

後藤:完全にアウェイなところの人からの票で1位になりましたから。

あすか: それくらいに活躍ぶりもわかるし、本当に帰れないしとかそういう部分があっても、全く嫌な顔せずにやってるのとか見て、周りも「もう、鈴木さんだよね」みたいな感じのところはありましたね。

後藤:そのあとも董さんがあまりにも勝つから、もう董さんはもう外してw

あすか:もう投票にならない!

後藤:殿堂入りになっちゃったんですね。

ーベトナム ハノイ支社設立

小中:そのあと、ベトナムハノイ支社もできましたよね。

後藤:ベトナムハノイは最初に支社を作ろうと行って、いろんな日本のベトナム進出コンサル会社を回っても、なかなか私たちが取りたいライセンスが取れないんですよね。法律上とれるけれども、外資系企業が取った歴史が一つもない。もう諦めてくれオーラがすごいんです。「いつまでに?」って聞かれて「半年以内」って言ったら、ベトナムなめんなって感じだったんですよね。
でも、往生際の悪いタイプなので、その時の国会議員とか元大臣だった方とか、いろんな方々に話して…最後ベトナムの留学生協会にも話して、「この会社にライセンスを出していいかどうか」というところまでいって、やっと最後出たんですよ。そのライセンス取れたから事業ができているんですね。大変でした…大変だったけどあんまり、大変だったっていう印象は実はそんなにないんで。
なかなか性善説だけではビジネスってうまくいかないな~ってちょっと迷いましたよね。GTN STUDYは無金利で、あとでお金を返せばいいっていうスタンスだったんですが…お金って返してもらわなきゃいけないじゃないですか。けど、全員が就職できるわけじゃないので、就職できない人からすると「どうやって返せばいいの?」ってことになってしまって。かなり試行錯誤していた時期ですね、ベトナムの海外モデルに関しては。
Part1では、創業から拡大期まで語っていただきました~👏
小さな事務所から始まり、みんなで力を合わせてそれぞれの部署を成り立たせていたんですね!
鈴木さんの総選挙のお話も感動的でした✨

次回は拡大期の続きから…なんと!未来についてもお聞きしていきますよ😊
Part2の公開もお楽しみに~♪

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